優しいときもあるから毒親でない?は大間違いである理由

優しいから毒親でない?それ典型的な手口です

 

「確かに厳しいことも親は言いましたが、私が交通事故にあって3日後に目を覚ましたとき、両親は泣いていたんです。それに、進学のためのお金もしっかり出してくれました。」

 

こんな感じで、自分の親を肯定してしまうのが、たいがいの子供だと思います。そう、子供は、こう思うんです。

 

親は厳しかったけれど、でも本当は優しいのだと。本当は自分を愛しているのだと。そっちが本物なのだと。いじめたのは、仕方なかったのだと。教育のためだったんだと。

 

 

この言い分、恐ろしいことに、まさしく、家庭内暴力を受けている人がパートナーに対していう言葉にそっくりなんですよ。

 

「パートナーは暴力をふるうけれど、優しいときもあるし、私(僕)のこと、本当は愛している」

みたいに言いますよね。

 

 

「本当は優しい」って、いったい何の話をしているのでしょうか?

 

実際に冷徹な態度、悪態、陰湿ないじめ等々、受けた被害の事実はそっくりそのまま残っています

 

つまり、これも「本物」なんです。優しい親が「本物」であるのだとしたら、冷徹な親も同様に「本物」です。

 

なぜって、どっちも同じ「事実」ですから。どちらかに優劣を持ってくるなんて出来ません。

 

 

気が付いてほしいのは、毒親っていうものは、必ず優しさを見せる瞬間があるということです。というより、優しさを一瞬たりとも見せない親は、毒親ではありません。それは世間一般で言う虐待する親です。

 

毒親が目立たないのは、家庭内暴力をふるうような人たちとよく似ていて、巧妙な手段を使うからです。それは、「優しさ」を見せるということです。

 

ある日は暴力、ある日は優しい。そう、ある日は優しいから、パートナーは逃げていかないんです。

 

これが、ミソなんですよ。

 

「優しくする」が抜けていると、パートナーはすぐに去ってしまうんです。だから、優しくする必要があるんですよ。

 

いいですか??「優しくする」は必須項目なんですよ!!これは、「相手への暴力」と対になっている項目なんです。どちらが欠けてもダメなんです!

 

つまり、「優しくする」のは、パートナーをコントロールして、支配下に置くためのタスクの一つなのです。なぜなら、これなしには支配出来ないからです。ハッキリ言って、この優しさ、優しさでもなんでもないですよね?

 

毒親の、これと同様の手口に騙されないでください

 

優しくするのは、当たり前なんです。なぜなら、支配するために「優しさ」が必要だからです。これ、典型的な家庭内暴力人間のやっている手口と同じですから。だから、毒親の「優しさ」に感謝する必要ないんです。

 

感謝するどころか、毒親の「優しさ」には怒るべきでしょう。なぜなら、それは子供を支配するためのタスクにすぎないからです。

 

暴力を受けた被害者が、相手の優しさに「感謝」なんてする必要ないように、毒親育ちも毒親の「優しさ」に感謝する必要なんてありません

 

「優しい」方が本物で、「冷徹ないじめをする」方が偽物だなんて、真っ赤な嘘です。

 

あなたの親は、毒親なんですよ。

 

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