毒親から離れるのは簡単ではない理由

毒親から離れるのは難しい理由1

毒親から解放されるための方法として、「物理的に毒親から離れましょう」というものがあるようです。しかしながら、これは理想論に過ぎないと、正直、個人的には思っています。

 

なぜって、離れられるのであれば、とっくに離れているからです。個人的には、離れたくても離れられない、それが毒親育ちの抱えている問題だと思っています。

 

もし、普通に親から離れて、普通に暮らして、そのことに「誇りや自信、喜び」を感じている状態が継続するのであれば、すでに毒親から解放されている状態と言ってもいいと思うのです。なぜなら、それは、すでに自分の好きなことを自信を持ってやれる状態にあるんですから。

 

毒親にからめとられている状態の毒親育ちは、自信を持って何かすることが困難なのです。つまり、家を出たくても、出られないのです。

 

「家を出ましょう?」それが出来たらやってます・・

毒親から離れるのは難しい理由2

たしかに、心が健康ではない毒親とは物理的に離れる方がいいと思います。そう、別居した方がもちろんいいです。親であれ親戚であれ、心が不健康な人と付き合うのは悪影響を受けることになるからです。

 

でも、毒親育ちにはそれが非常に難しかったりします。その理由は、思いつく限り挙げると、以下の通りです。

1.毒親に自信を奪われており、「新しいことをする(例:家を出る)」ことに異様な恐怖を感じるようにマインドコントロールされてしまっているため、一歩踏み出すことが非常に困難な精神状態にあること

2.うつ病のため働ける状態ではないこと

3.「親が正しい」、「自分は間違っている」という考えが体中にこびり付いているため、「家を出る」という自分の考え自体が間違っているように感じること(罪悪感、不安感、恐怖と感じる)

4.「お前なんか何やってもダメだ」というメッセージを貰い続けたため、この考えが体にこびりついており、「どうせ家を出るなんて無理だ」と心のどこかで思っていること。例えば、家賃なんて継続して払えるわけがない・・どこかで払えなくなるのでは・・と異様な恐怖(自分になんて出来ないに決まっているという恐怖)を感じる。そして、この考えは「感じる」ものであるため、払拭することが非常に困難な状態であること

 

結局のところ、毒親育ちは「家を出る」能力が本当はあるんですが、「出来るわけがない」と毒親に思い込まされている(家を出ることに異様な恐怖を感じたりするようにマインドコントロールされている)んです。それで、出来ないのです。

 

そして、このマインドコントロールを解くのはとても難しい。この「マインドコントロールを解く=毒親からの解放」を意味しますから、それがどれほど難しいか、きっと毒親育ちの皆さんなら分かってくださると思います。

 

家を出ても、実家に逆戻りするんです

毒親から離れるのは難しい理由3

仮に家を出たとしましょう。残念ながら、仮に家を出たとしても、結局親のところに逆戻りになったりすると思います。

 

なぜなら、家を出ている状態に、自信が持てなかったりするからです。とにかく不安なのです。毒親育ちは、いつも自分で決めたことには、不安を感じるようにマインドコントロールされているのです。

 

恐ろしいことに、自分に自信がない一方で、親を異常に肯定していたりします。これは、無意識にやっていると思います。こういった無意識は、「家を出ることの不安感」、「親元にいることの安心感」という感情で現れると思います。

 

こういった「感情」に支配されてしまうと、結局実家に逆戻りしてしまうわけです。

 

親から離れるという選択肢を持つことは非常に難しい

毒親から離れるのは難しい理由4

親に酷いことをされても怒れない子供

2001年製作の「A.I.」という映画をご存知でしょうか?この映画の内容は、「人間そっくりの子供ロボットが、お母さんの愛情を獲得するために頑張る話」と言えるでしょう。

 

上記の映画では、主人公の子供ロボットは、なんと母親に捨てられてしまうんです。捨てられたときは、泣いていました。お母さん、ひどいですよね。まちがいなく、子供ロボットからすると、かなり酷い扱いを受けたということになります。

 

ところが、この子供ロボットは、自分を捨てたお母さんに対し、「怒る」ということがありません。酷いことをされたにも関わらず、やっぱりその酷い親にしがみつこうとするのです。

 

これは、毒親育ちとそっくりだと思いました。どんなにひどいことを親からされても、親を肯定する思考が身についてしまっているのです。

 

でも、「自分を捨てるなんて、なんて奴だ!許さない!大嫌いだ!こっちから捨ててやる!」と怒ることも出来るはずです。ところが、子供には出来ないのです。

 

怒るどころか、この子供ロボットは「自分が人間でないから、お母さんに捨てられたんだ」と自分を責め(自分が悪いと思っている)、人間になるべく努力し出すのです。(人間になるという義務を背負ったということですね。)
こうして、苦しみの人生の始まりです。

 

世の中では、親への愛を無条件に美しいものと評価されている

正直、この映画を最近見直して、うんざりしました。子供の母親への愛情を、無条件に肯定している映画に見えたからです。自分を捨てたような酷い母親をまだ愛するなんて、なんて破滅的なことをする子供ロボットかと思いました。

 

もし、自分があの映画の登場人物だったら、子供ロボットに「あなたの母親はあなたを捨てるような酷い人なんだから、あんな人には愛想をつかした方が幸せになれる」と説明したくなるところです。

 

ところが、この映画では、「母親への無償の愛」を美しいものとして描いているんですよね。この映画、見方によっては、毒親を支援する映画になると思います。

 

つまりは、親は子供を捨てようが、何をしようが、子供から愛情を貰う権利があることを肯定している映画だということです。

 

恐ろしいことに、この映画、感動モノなんです。つまり、この映画を見た人は「子供の親への無償の愛」を善として捉える可能性が高いと思います。

 

これでは、子供を捨てるような親を肯定してしまうことになります。実際のところ、この映画は、「親を敬う」、「親を愛する」ことはいい事という文化が世界に浸透しているからこそ、受け入れられた映画だと思います。

 

断言させてもらうと、子供を捨てるような親は虐待親で、子供から愛されないのは当たり前のことです。毒親も同様に、ただの毒です。離れるべき人たちなのです。子供から愛されなくて、当たり前です。

 

ところが、子供はこういった文化に屈しないことは非常に難しいので、この映画の子供ロボットのように、親から離れられなくて、ずっと苦しんでいるのかもしれません。つまりは、「親を嫌うなんて、自分は悪い人間だ・・」と思っている可能性があります。でも、間違いなく、悪いのは親です。

 

こちらの記事もどうぞ:親が嫌いなのに!離れられない恐ろしい理由

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