毒親育ちには友達いない理由

毒親育ちは友達いない理由1

毒親育ちは、友達がいないのでしょうか?実際のところ、毒親育ちは、「友達がいない」わけではないと思います友達がいないと思っているだけです。だから「友達いない」となるだけです。でも、なんで「友達がいない」と思うのでしょうか?

 

それは、自分と合わない人と無理やり友達になろうとしていることが原因だと思われます。現実的な話、どんな人であっても、自分と合わない人とは仲良くなんて、なれるわけがありません。でも、毒親育ちの中には「友人になりえない人」と無理やり友人になろうとする人がいて、こういった毒親育ちは「友達が出来ない」と感じやすいのです。

 

結局、毒親育ちは、友達になるべき人と友達になれていないのです。友人にふさわしくない人と、友人関係(実際は服従関係か)を築いているので、あっという間に友人関係が破たんしたりして、友達が出来ない、友人から嫌われやすいと思い込んでしまっています

 

なんでこんな破滅的なことになるのでしょうか。それは毒親に「お前は親に合わせろ。さもなければ愛をやらないぞ。」といじめられてきたことが原因です。

 

そして、実際に、親に合わせる以外に選択肢がなかったのです。だからいつも人に合わせてきました。そうでなければ、報復を受けるからです。

 

こういった毒親育ちは、友人関係においても、「友人に合わせる」以外に選択肢を持ちません。そう、毒親のせいで、「友人に合わせなければ嫌われる(報復を受ける)」と無意識に思っているし、合わせない以外の選択(=他の友人と付き合う)という選択肢が思い浮かばないのです。だから、自分に合う人を探すことなく、合わない人に無理やり合わせて友人になろうとしてしまうのだと思います。

 

毒親育ちは、友達に選ばれようとしている

毒親育ちは友達いない理由2

毒親育ちは、友人関係に対する捉え方が、かなり破滅的です。典型的なのは、友人から選ばれたいと思う気持ちがあることです。たとえば、次のように思っているのです。

「あのグループに入りたい」

「あの人に嫌われたくない」

「何で自分は好かれないんだろう」

「どうやったら皆に好かれるだろうか」

「いじめられないためには、どうすればいいのか」

「一緒にお昼ご飯食べないと、仲間外れにされるかも」

「ママ友から嫌われたら公園が使いにくいから、気を付けないと」

 

これらに共通している考えは「友人に合わせなければならない」という考えです。

 

これが、どうして破滅的考えであるか分かりますしょうか?なんで破滅的かと言うと、友人に支配されているからです。毒親育ちは、友達になってもらうためには、自分を変えなければならないと思っているんです。しかも、そうしなければ嫌われる(報復を受ける)と思っています。(実際はそんなことありません)

 

つまり、自分で友達を選んでいないのです。そうする権利があることが分からないわけです。友人から嫌われるのであれば、自分に問題があると思っています。

 

その人と合わないのであれば、それは単純に「相性が合わない」というだけなのですが、毒親育ちは、こうゆう普通の考えができなくて、あくまでも、自分がダメだから友人になれないと思ってしまうのです。

 

まさしく、毒親育ちの「自分が悪い」という無意識が外面に表れているわけですね。

 

毒親に支配され、毒親に合わせなければ攻撃された」記憶が今も頭にこびりついているのです。毒親の威力はすごいです。

 

こんな風に他人に合わせてばかりいると、本当に自分のことを好きな人と友人にはなれません。自然に、自分を嫌う人とばかり、付き合ってしまいます。すると、「いつも友人から嫌われている」、「本当は友人がいないのだ」と思いやすくなります。

 

 

健全な人は、友人を自分で選ぶ

毒親育ちは友達いない理由3

一方、健全な人は、友人を自分で選んでいます。はじめっから、自分と価値観が合う人だけと付き合うのです。つまり、友人に支配されていません友人になるために自分を変えようなんて思わないのです。自分が好かれるためにはどうすればいいのか、なんて考えないということです。毒親育ちと違い、友人に対しての疑いは、以下のようなものとなります。

 

「私の考えを尊重してくれる人かな?」

「私と趣味が合う人かな?」

「話していて面白い人かな?」

「気が合うかな?」

 

健全な人は、上記のように、評価しているのは自分ではなく相手です。友人を自分で選んでいるので、「友人になってもらうためには私を変えなければ」なんて破滅的な考えはありません「私にふさわしい人は誰?」なのです。これは、決して傲慢ではありません。戦争と平和どちらを選ぶか?と聞かれ「平和が私にふさわしい!」と言うのと同じです。単に、自分に好意を示してくれる人を探しているだけ、とも取れます。

 

そうゆうわけで、学校の同じクラスや職場に一人も気が合う人がいなくても、「今のクラスつまんないな」くらいに思うだけで、「友達がいない」なんて思いません。たまたま気が合う人がいなかった、というだけの話だからです。

 

「友人がいない」なんておかしな自己否定はしないのです。はなから、友達がいないとか、いるとか考えていないかもしれません。よって、「友達がいない」とはなりません。

 

毒親育ちは、自分が悪いと思っている

毒親育ちは友達いない理由4

繰り返しますが、毒親育ちは、いつでも自分が悪いと思っています。そうゆうわけで、友達から好かれない原因は、自分に問題があるからだと思ったりするようです。

 

たとえば、自分の悪口を言いふらすような友人(悪口を言う地点で友人ではないですが)がいたとしましょう。毒親育ちの場合、恐ろしいことに、こうゆう悪口を言う人に、もう悪口を言われないようにするため自分を変えようとしたりするのです

 

これ、相当おかしいです。毒親育ちの皆さん、これがとてつもなくおかしい考えだということに気が付いてください。何でかと言うと、「嫌な奴だと思ったから」という理由で誰かの悪口を言う人がいたら、おかしいのはその悪口を言う人の方だからです。変わる必要があるのであれば、変わるべきはその悪口を言うような人の方です。毒親育ち自身が悪いのではないのです。

 

実際、悪口を言う人のことを、健全な人は内心軽蔑していますし、関わらないようにしています。でも、口には出しません。悪口を言う人のことを悪く言ったら、それも悪口だからです。こういった健全な人たちからしたら、悪口ばかり言う人に媚びへつらうような毒親育ちは、相当変な人に見えると思います。

 

毒親が悪い

こういった毒親育ちの変な行動は、毒親に合わせてきたことの後遺症です。どうしても、自分が変な人に合わせなければとんでもないことが起こる(報復される)と思うようにプログラミングされてしまっているのだと思います。

 

このプログラムを変えていく必要があります。以下のように気が付いていきましょう。

 

毒親育ちは、誰かが自分に悪口を言ったとき、

「どうしよう(嫌われている、自分が悪いんだ、どうしたら嫌われずにすむだろう・・オロオロ・・)」

という感情が芽生えます。なんとかして好かれないと怖い・・と「感じ」ます。

 

自分に客観的になりましょう

 

「毒親に合わせてきた(合わせなければ報復を受けた)ことの後遺症により、今「どうしよう」という感情が芽生えているだけなんだ」

 

と客観的になりましょう。このときの「どうしよう」は毒親により植え付けられた感情だと気が付いてください。

 

そして、自分に悪口を言う人は「おかしいし、もう友人になってあげる必要のない人なのだ」と、自分で友人を選ぶようにしましょう。こうゆう人には、もう親切にする必要ないんですよ。だって、あなたを攻撃したんですから。

 

大丈夫です。悪口を言った人も「悪いことをした」と知ってますから、皆さんが寄って来なくなっても、「悪口耳に入ったのかな・・」と思って、ちょっと気まずく感じるだけです。

 

毒親育ちは、自分を攻撃する人に「丁寧な対応」をすることがありますので、ここで注意させてもらいました。変な人に親切にすると、そうゆう人を引き寄せてしまいますから、注意してください。

 

「でも、嫌いな人に悪い対応をしたら、嫌われていじめられるかも?」とやっぱり思いますか?だとしたら、毒親育ちも相当重症ですし、その考えが相手をつけあがらせていることに気が付きましょう。つまり、ますます相手にいじめられるということに気が付きましょう。

 

嫌な人には毅然とした態度をとること

また、悪口を言うなどの嫌な人に、「悪い対応」をする必要はありません。ただ、こういった人達からは、何かをお願されても「申し訳ないけれど、忙しいから出来ません」と丁寧に断ったりするだけです。

 

こうやって、関わらないようにするのです。もちろん、話しかける必要もありません。これが、自分への攻撃には毅然とした態度で、無視するということです。だって、そんな人と付き合ったら、不幸ですよね?無意識に不幸を選ばないでください!

 

挨拶は、しないと無視しているような雰囲気になるなら、してもOKです。でも、する必要のないところではする必要ありません。

 

道端でたまたま会っても無視するのは当然です。だって、友人ではありませんから。これは、あなたが決めたことです。それに、あなたに失礼なことをした人には、失礼な態度を取る(相手を攻撃するという意味ではないですよ、単に相手にしないということです)のは、世の常識なのです。大丈夫です。何も起こりません。むしろ、健全な人は、あなたの行動を「当たり前だ」と思うものです。

 

せめて、向こうが謝ってくるまで、仲良くするのは待ちましょう。人から、「あの人に少し冷たいよね?」なんて言われたら(こんなこと言ってくる人も相当変なやつですが)、堂々と「そんなことないよ。なんで?」と言いましょう。

 

もしくは、「あの人には、ひどいことを言われて、今も怖いの。」と言いましょう。まともな人なら、あなたに理解を示すでしょう。一方、理解を示さない人とは、もう関わらないようにしましょう。あなたの友人にふさわしくないからです。

 

このようにすれば、いい人だけが近寄ってくるでしょう。なぜならば、これが自分で友人を選んでいるということだからです。実際のところ、友達って言える人、健全な人でもそういません。自分と同じ価値観を持った人は、そういないからです。

 

 

毒親育ちは、自分を嫌う人と「友人」になる

毒親育ちは友達いない理由5

毒親育ちは、上記にも述べましたが、非常に消極的な理由(友人に選ばれたいという気持ち)から友人関係を築いているので、自分を嫌うような人とばかり付き合ってしまいます。すると、どうなるか。友人から嫌われるのです。こんな状況になってばかりの毒親育ちは、「自分はいつも嫌われる」、「友人がいない」と思い込みやすくなるのです。

 

合わない人からは、嫌われて当然

人間というものは、合わない人とは合いません。これは事実です。そして、合わない人同士のどちらにも非はありません。ところが、毒親育ちは、合わない人と無理に友達になろうとして、結局嫌われると、「自分が悪いんだ」と思うわけです。でも、悪くないんです。次の例を見てみましょう。

 

日本人とインド人は合わないけど、どちらも悪くない

例えば、大概の日本人は、時間を守らない人とは仲良くできません。なぜなら、「失礼だ」と思うからです。もちろん、こうゆう文化を持つのは自由です。悪くないです。

 

ですが、このような日本人は、時間を守らない人とは仲良くは出来ないでしょう。たとえば、インド人の多くは、時間を守らないようです。なぜなら時間を守らないのは「相手への無礼」だという認識はないし、時間を守る重要性を感じていないからです

 

このインド人は、独自の文化を持っているだけで、相手を攻撃したわけではありません。まったく悪くないわけです。

 

ところが、時間を守る日本人は、時間を守らないインド人に

「約束も守れない無礼なやつ。どうゆうつもりなんだ?ふざけている」

と憤慨するでしょう。

 

一方インド人は日本人を

「面倒くさくて、無理やりケチをつけてくる批判屋。私が何をしたっていうんだ?時間ピッタリでないだけで、どうやったら攻撃したと思えるんだ?なんてピリピリしていて、ネガティブに行動を受け止める人なんだろう。時間を正確に守るなんて無理なのに、人を過剰にコントロールしようとしている変な奴」

と思うかもしれません。

 

日本人もインド人も悪くありません。でも、互いにとっては、互いが悪人になるのです。これは、要は、この人たちは合わないというだけです。

 

さて、では互いに仲良くするためにはどうすればいいでしょうか?

 

毒親育ちの友人関係は憎しみの関係

どちらかがどちらかのやり方に合わせろというのであれば、それは毒親のやり方です。つまり、弱い方につけ入るということですね。

 

「お前が変わらないのであれば、お前とは付き合わない。もしくは、イジメてやる」

と攻撃する側と、

「変わるから、私を嫌わないでください」

と服従する側の関係。

 

こういった不健全な関係を築きやすいのが毒親育ちです。これでは、互いに憎しみ合う友人関係になってしまいます。毒親育ちが友人から「嫌われている」と感じやすいのは、合わない人とこのような主従関係を作っているためです。

 

でも、合わないものは合わないわけで、どんなに毒親育ちが変わろうと努力したって、相手は自分と合わない人を好きになることはないのです。

 

好かれる・嫌われる原因は、毒親育ちにはないのです

考えてみてください。犯罪者が有名になると、この人を嫌悪する人と、ファンになる人がいます。つまり、その人が好きか嫌いかは、犯罪者の性質にあるのではなく、好きになる人、嫌いになる人自身にあるのです。

 

同じように、毒親育ちが好かれようと、嫌われようと、毒親育ちには原因はないのです。

 

健全な人は、合わない人と関わらない

一方、健全な人は、合わない人とは、どうやって折り合いをつけるのでしょうか?健全な人は、相手の考えを尊重します。

「あなたはあなたでいい。相手を変えるなんて失礼な要求は出来ない。でも、自分の考えとは合わないから、お互い深いお付き合いは難しいだろう。

 

もちろん、あなたが私を攻撃しているのではないことは分かっている。ただ、私たちは異なるというだけだ。挨拶だけはしたい。だって、やっぱり、仲良くしたいから。」

などなど。

 

このように、対等な関係で、攻撃しあうこともなく、互いにかかわりません。でも、知り合いではあります。場合によっては。友人か?と聞かれたら、「深い知り合いではないが、何年も友人だよ」となるかもしれません。仲が悪いと言うわけではありません。

 

もちろん、知り合いでもなんでもなくなることもあるでしょう。でも、互いに攻撃しあったり、服従させたり、させられたりの関係もありません。ただ知り合いではない、それだけのことです。でも、「それだけの関係」になることが、毒親育ちには分からないんですよね。

 

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毒親育ちには友達いない理由” に対して 3 件のコメントがあります

  1. より:

    毒親育ち関係ないわ
    胸糞頭悪い
    こっちから友達選べ⁉
    お笑い草だわ
    そう言うあんたの方が頭可笑しいわ
    あんたは
    友達選べと書いてるけど
    友達選んでも選んだら選らんだけ
    いなくなるなるだけだし
    無視しろ友達合わないと
    そんな事したら
    自分の無視した子が見方だから
    合う人の所と友達だち
    に好かれような事してみろ
    あっちから離れるだけなんだよ
    頭狂っとるしか言いようがない
    あんたはこんな事書いて
    あんたは上手く行ってるけど
    それはあんた中心で書いてあるだけであって
    他の人はあり得ないの
    人それぞれなんだよ
    ほんま頭悪い
    決めつけもいい所
    それから
    そこ離れると
    自然にいなくなる事知らないから
    平気で
    こんな事かけるの
    ほんまおお間抜けな文章
    ほんまくそ頭悪い
    鈍感鈍屎アッパラパーしかいいようがない
    それと
    インドと日本も関係あるわけ無い
    ほんま
    脳震盪行かれとるわ

  2. らん より:

    正に私はこういう人間関係でした。毒親育ちにとっては当たり前の事なんですよ。
    でも、どこかで何かおかしいとは感じてはいるんですよ。だから、悩んでしまうんでしょうね。
    結局、両親と同じ関係性を他人との間で再現してしまうんでしょう。毒親育ちは。
    嫌なのに我慢する。それが、当たり前の日常なので。
    私は今、友達と呼べる人が1人もいません。母親には、そんな私をあんたはおかしい。欠陥人間だ。と攻撃します。彼女は常に私にダメ出ししないと気が済まないようです。そんな母親ですが、夫や子どもにはすこぶるいい義母、いい祖母です。両親共に共通しているのは外面が異常にいいということです。ここですでに私の育った環境に歪みがあるんですが、2人は全く気が付いていません。おかしいのは私で、親は真っ当これがあの2人の真実のようです。

    1. principle より:

      「友達が作れない子供」を作り上げておいて、
      「友達が作れない子供」を非難するなんて最低なご両親ですね。

      もう話にならないモラハラ人間だと思いました。
      親というパワーを利用してます。

      欠陥人間って・・それ完全に言葉のDVですよね。
      これを夫や妻がやったら「問題」になるのに、
      なぜか親がやると、世間はスルーなのです。
      でもDVである事実は変わりません。

      らん様は真実を感じ取られていると思います。
      ご両親、完全にモラハラだと思います。

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