毒親とは

毒親とは1

この記事では、毒親の定義だけでなく、毒親について知っておくべき内容をほぼ網羅したつもりです。簡単に言うと、以下のことをまとめています。

1.毒親の定義
2.毒親の子供に及ぼす影響
3.毒親を許さないことの大切さ

親にされたことが許せなくて苦しんでいる方に読んでいただきたいと思います。この記事では、徹底的に毒親を否定しています

毒親の定義

毒親とは6

毒親とは、スーザン・フォワード博士が作り出した言葉で、子供にネガティブな思考パターンを植え付ける親のことを言います。例をいくつか挙げますと、次のような親はいずれも毒親と言えるでしょう。

1.子供に食事を十分に与えない親
2.子供に暴力をふるう親
3.子供を言葉で傷つける親

 

「虐待する親」は、毒親に含まれます。毒親は子供に対して絶大な悪影響を及ぼし亡くなった後も子供を苦しめます。毒親に植え付けられたネガティブな思考パターンは、毒親が亡くなっても簡単には抜けないからです。実際のところ、老人になっても毒親の悪影響が抜けないのは、珍しいことではありません。おそらく、このような人々は、かなりつらい人生を歩んできたことでしょう。

 

毒親からの解放

しかしながら、現在は、毒親から解放される方法見出されています。毒親という言葉の生みの親であるスーザン・フォワード博士が、その方法を「毒になる親」という本に詳しくまとめていますので、参考にすることをお勧めします。(本サイトでも、毒親から解放される方法を紹介する予定です。)

 

スーザン・フォワード博士は、これまで取りこぼされてきた虐待(見過ごされてきた虐待)を、毒親という言葉で非難した初めての人です。また、カウンセリングにより、毒親に苦しめられてきた子供達を、沢山救ってきました。毒親によって、鬱や不安障害に苦しんできた子供達を、明るい人生に引き戻したのです。これは偉業だと言えます。

 

これまで隠されてきた虐待を浮き彫りにしたフォワード博士

言葉の暴力は虐待である

ここで、皆さんに一つ質問があります。上記の例に挙げた3.子供を言葉で傷つける親というものは、「虐待」だと断言していいと思いますか?私自身のことを言えば、「虐待」と言うには、ちょっと重すぎるように感じたものです。どうやら、「虐待とは、子供を命の危険にさらす行為」という定義が、知らず知らずのうちに、私の中で出来上がっていたようなのです。

 

ここで答えを言っておきますと、3.子供を言葉で傷つける親は、間違いなく虐待する親です。子供を言葉で傷つけることは、立派な虐待です。先ほどの、私の「虐待と言うには、ちょっと重すぎる」という感覚は間違っています。でも、世の中には、昔の私のように「虐待」と認識出来ていない人が多くいるようなのです。

 

虐待なのに、虐待と認識されないことの恐怖

何が言いたいのかというと、子供を言葉で傷つけることを、虐待と認識している人は少ないし、世間一般では、取るに足らない虐待だと思われていることで、毒親は虐待をしたい放題だということです。一番ひどいのは、親が子に暴言を吐いても、「」だと思われていて、虐待どころか、愛情だと思われていることすらあるということです。愛情という建前さえあれば、毒親は何でも出来てしまうのです。

 

善意であっても、子供を傷つけるのは虐待

「子供に成長してほしい」という善意から、子供に暴言を吐き、侮辱する親がいます。例えば、「こんなことくらい、出来なければ駄目でしょう」などと言い、子供を傷つける親がいます。しかし、子供が傷つくのであれば、善意で言った言葉であっても、それは虐待です。親が何気なく言った言葉であっても、子供はその心ない言葉のせいで、一生、不安と怒りを抱えて過ごすことになるからです。

 

スーザン・フォワード博士のおかげで、毒親がようやく非難されることに

幸いなことに、スーザン・フォワード博士により、毒親という言葉が作られたことで、初めて3.子供を言葉で傷つける親有害さとその悪質さが浮き彫りになりました。一般的に「虐待」と認識されていなくとも、子供におぞましい傷を負わせる行為は多いのです。

 

先ほど、例として3.子供を言葉で傷つける親を上げましたが、これは一例に過ぎず、他にも「虐待と認識されていない虐待」は多くあります。そのような行為をする親を、毒親という言葉で「」と意味づけてくれたのは、スーザン・フォワード博士の偉業です。毒親という言葉で悪しき行為をする親を、はじめて糾弾したのです

 

以前は、毒親の罪を、誰も非難することが出来ませんでした。それは、虐待という言葉は「衣食住を与えない、暴力をふるう」などのあからさまな行為にしか使えなかったからです(おそらく、今もですが)。また、言い当てた言葉がなかったからです。今は「毒親」という言葉があります。

 

スーザン・フォワード博士が、多くの人を救った

スーザン・フォワード博士の功績は大きいです。博士が、毒親による心の傷を「虐待(毒親による害)によるもの」と断定してくれたことで、どれだけ多くの子供が救われたことでしょうか。今まで、そんな風に言ってくれる人はいませんでした。

 

おかげで、子供達は自分が抱えている傷は「毒親によるものだと初めて認めることが出来ました。今までは誰も認めてくれず、鬱も不安障害も「自分の責任(自分が悪い)」だったのです。博士が現れる前は、毒親から受けた傷は、次のような言葉で押し込められていました。

「大したことではない」
「十分に衣食住を与えてもらったんだから、ちょっと親から非難されたからって、文句を言うべきではない」
「親だって、大変だったんだから、仕方ない。悪気はなかったんだ。それに、昔のことだ。」
「ネガティブなことを考える原因は、自分にある」

 

子供は、このような自己否定的言葉を、心に抱えているために、無意識レベルで怒り、不安を抱えるしかありませんでした。このような自己否定は、鬱や不安障害、怒りなどのネガティブな感情をさらに悪化させました。

 

ですが、すべての責任は親にあることを、スーザン・フォワード博士が明らかにしたことで、ようやく子供達は無実の罪から解放されました。毒親の行いが「大したことでないどころか、大いに害があるし、親に責任がある」ことは、今や自明の理です。悪いのは毒親であり、子供ではないことがはっきりしたのです。これにより、多くの子供達が救われました。

 

一般的に言う「虐待」でなければ、誰も子供を救おうとはしなかったのは、もう昔のことになりつつあります。(日本ではかなり遅れていますが・・)スーザン・フォワード博士が、毒親を毒としたことは、小さなことのようですが、実際は非常に大きな意味があります。特に、毒親の元に育った子供達にとっては。(ここで言う、子供達は、高齢の人も含みます)

 

子供に愛情を与えないのは、暴力と同じくらい悪である

子供は、親の言うことを、真剣に受け止めます。心ない言葉を執拗に言われると、暴力を受けるのと同じくらい心に傷を負うのです。場合によっては、暴力を受ける以上に傷を受け、その後の人生が破滅します。精神的暴力は、肉体的暴力以上の傷を子供に負わせることが可能なのです。(注意:これは、決して肉体的暴力を過小評価しているわけではありません。肉体的暴力は破滅的な害を子供に与えます。)

 

スーザン・フォワード博士によると、刑務所は、毒親によって破滅させられた人で溢れているそうです。衣食住を子供に与えるのは当たり前ですが、同様に子供に愛情を与えるのも当たり前でなければならないのです。

毒親の種類

毒親とは2

毒親には様々な種類がありますが、スーザン・フォワード博士によると、簡易的に次のように分類することができます。

1.親としての当然の義務を果たさない親
2.過干渉する親
3.薬物(アルコール含む)に依存いている親
4.言葉で子供を傷つける親
5.暴力をふるう親
6.性的な行為をする親

毒親が子供に及ぼす影響

毒親とは4

毒親には様々なタイプがありますが、どの毒親に育てられても、すべての子供は似たようなネガティブな思考パターンを持つようになります。

 

簡単に言うと、毒親に育てられた子供は、言いようのない不安感を抱えています。また、いつも世界は怖いものだという恐怖心がどこかにあります。そして、自分の行いに罪悪感を感じています。常に自分は十分ではないという考えに支配されています。

 

躾という名のもとに、何をやっても許される毒親

例えば「2.過干渉する親」は、「子供のためにやっているんです」という言葉で自分の行っている虐待を正当化します。次のような侮辱的な言葉を言っても、許されると、毒親自身思っているし、実際に世間も口を挟まないことが多いです。

「何をやっているんだ、この役立たず」
「お前は時間も守れないのか」
「お前はわがままだ」
「ちゃんとやりなさい」
「なにやってるの」
「そんなんじゃ、ダメよ」

 

また、子供への躾と称することで子供に手を上げる行為も許されています「あなたのため」という言葉でカムフラージュすることで、何をやっても許されているのが実態なのです。そうゆうわけで、現在の日本では、親はやりたい放題です。もちろん、子供を傷つけることは、許されることではありません!

 

毒親が原因で一生苦しむ子供の例

躾と称した虐待に苦しむ子供はどのような人間になるのでしょうか。ここでは、「1.親としての当然の義務を果たさない親」タイプの毒親に育てられた子供の例を見てみましょう。この手の毒親で、よくあるのは、次のような言葉を子供に日常的に言うことです。

「しっかりお手伝いするんだぞ。お母さんの様子もちゃんと見ないとだめだぞ。病気なんだから。」

この言葉に含まれる意味を以下にまとめましょう。この言葉は、

1.子供が世話をされるどころか、逆に世話をすることを子供の義務にしています。

2.しかも、この言い方は、まるで躾であるかのように装っています。

3.また、病人である母親の面倒を見なければ、悪い子であるかのような言いぶりです。これは、脅しです。

4.ですが、子供に親の面倒を見る義務はありません。それなのに、まるで世話をするのは当たり前であるかのような言いぶりです。

5.また、幼い子供に面倒なんて見れるわけもありません。出来るはずもないタスクを与えるなんて、嫌がらせです。会社では、このような行為をするのはパワハラ認定を受けますが、これはパワハラ毒親ですね。

 

不幸にも、子供は、このいいつけを真剣に聞きます。このいいつけを守らなければ、自分は悪い子だと真剣に思うのです。上記の毒親の言葉が、いかに有害な悪魔のような言葉か、理解いただけましたでしょうか。たったあれだけの言葉に、決めつけ支配脅し嫌がらせ、が含まれているのです。

 

本来世話をすべきなのは親のはずなのに

考えてみれば、子供がお母さんの様子を見るのではなく、お母さんが子供の様子をしっかり見るべきです。子供に世話をさせるような親は、世の中に蔓延した「お手伝いするのはいいこと」という認識を悪用しているのです。「子供に世話をさせる」事実を「お手伝い」であるかのように見繕ろうなんて、卑怯という言葉がピッタリです。

 

世話をされずに、世話をすることを強要された子供の末路

こんな風に、世話をされるどころか、むしろ世話をしなければならない環境で育った子供はどうなるのでしょうか。このような子供は、常に「自分に責任がある」、「ダメな人を助けなければならない」、という過剰で不快な義務感を抱えるようになるでしょう。

 

こうなると、欠陥だらけの異性に惹かれたり、相手の悪いところを指摘するのが得意になることが多いようです。得意の欠点探しを生かし、相手の欠点を見つけては矯正しようとやっきになり、迷惑がられたりします。ですが、当の本人はいいことをしているつもり(悪いところを直すという正義感でやっているつもり)なので、自分のやっていることが相手を不快にしているとは気が付きません。気が付いても、欠点のある相手が悪いと思っています。

 

これは、無意識のうちに、世話をすることが義務になってしまっていることが原因です。相手が寝込んでいようが、うつ病であろうが、アル中であろうが、それは相手自身の責任であることが分からないのです。

 

このような子供は、相手を助ける義務を感じているため、助けなければ、罪悪感を感じます。ですから、助けざるを得ないのです。また、常に助けていなければ、不安なのです。世話をしないのは、悪い子だからです。ですが、やってもやっても相手は改善することはないのです。むしろ、やればやるほど、相手を怒らせているので(相手は、欠点を非難されているとしか思わないため)、状況は悪化してしまうのです。

 

結末としては、子供は、いっこうに改善しない相手に対し、無力感脱力感怒りを感じるだけですすると、どうなるか。相手をますます非難するのです。子供自身は、相手が、欠点を指摘されたり、世話を焼かれることにうんざりしていることに、気が付かつくことはないのです。気が付いても、自分のやっていることが間違っているとは思うことができません。世話をするのはいいことと刷り込まれているのです。このように、世話をさせられてきた子供は、健全な人間関係を作ることが出来ません

 

無限地獄の人助け人生

残念ながら、こんな状態であっても、「人助け」をやめることはないでしょう。「人助け」を行わないと自分に価値を見出せず、自分が自分であることに安心感を得られないからです。何かの「穴埋め」をしていなければ、常に自分は不十分なのではないかという感情をなだめることが出来ないのです。ありのままではダメなのです。

 

原因が毒親であることにも気が付かない

このような破滅的人間関係を築いている原因が、毒親により植え付けられた義務感だと気が付く人はめったにいません。大概の場合、「自分の努力が足りない」、「男(女)運が悪い」、などが原因だとしてしまうからです。

 

毒親と離れられない子供

毒親が原因だとも気が付かず、毒親とずっと離れられない子供は多いです。むしろ、その毒親が心の支えだと思っていることすらあります。例えば、毒親のせいで離婚になったというのに、本人は離婚の元凶である毒親のところに帰ったりします。

 

親はその存在だけで安心感を与えてくれるものなので、離婚後の傷をいやしてくれる「精神的支え」だと勘違いすることすらあります。こうして、結局、毒親のところに引き付けられてしまうのです。これは、無意識のうちにやっていることです。

 

自分が毒親だと気が付かない毒親

毒親は、毒親になろうとして毒親になっているわけではないことも多です。むしろ、子供にいいことをしていると思っている毒親も多いのです。子供のために、結婚相手に口を出す、職業にも口を出しているつもりなのです。また、子供のために「あなたを心配しているのよ。お願いだから勉強してね」なんて言います。本気で子供のためだと思っているから、たちが悪いのです

 

ですが、こういった言動は、実態は子供を不安にさせるだけです。自分の放った言葉が、「あなたの行動は間違いが多いから、私が指摘してあげないとだめなの。あなたは間違ってるのよ」と言っているのと同じだと毒親は気が付かないのです。

 

毒親を許さない

毒親とは3

虐待した事実は消えない

どんなに悪気がなかろうと、子供の精神を破壊した毒親の行為は、正当化できるものではありません。もし、今うつ病であったり、人間関係に問題を抱えているのであれば、その原因が毒親あるという事実は変わらないのです。

 

親を大事にする必要はない

世の中では、親を大事にすることは「いいこと」であるとされているようです。ですが、もしも毒親に人生を破滅させられたのであれば、大事にする必要は一切ないです。もし毒親を大事にするというのであれば、自分に危害を加えた犯罪者に親切にするようなものです。毒親を大事にするのであれば、それは自分自身への侮辱だということに気が付かねばならないでしょう。

 

「親を大事にしない人」を非難する聖人ぶった悪人に注意

もし、毒親を大事にしないことを非難する人がいるのだとすれば、その人は、あなたの受けた虐待を過少評価しています。このような人のいうことを聞いてはなりません。

 

また、あなたが毒親を許せないことに対し、「すべての人を許しましょう」、「すべての人に慈愛の心を持ちましょう」などの聖人ぶったアドバイスを言う人も、相手にしてはなりません。私は、この手の人は、最も信用ならないと思っています。

 

なぜならば、このようなエセ聖人は、毒親への怒りという個人の感情を全否定するという人格否定を行うだけに飽き足らず、さらには「毒親を許せないダメな人」扱いという二重の人格否定を行っているからです。

 

人間、嫌いな相手がいるのは当然のことです。そして、嫌いな人に親切に出来ないのは当たり前のことです。それなのに、その感情を全否定することは、立派な人格否定です。ましてや、自分を虐待した毒親は、犯罪者です。このような犯罪者を「許しましょう」なんて「立派」なことを言う人は、聖人どころか、むしろ悪人です

 

実は、自分を良く見せたい小人なのではないかと思います。他人にいいところを見せなければ気が済まない様子があるところを見ると、かなり自尊心も低いと思われます。自尊心の低い聖人なんて聞いたことがありません。他人の傷を過少評価することで、相手の心を傷つけている人は聖人どころか悪人です。注意してほしいのは、カウンセラーにも、このタイプの人間がいることです

 

毒親を無理に許そうとすると、むしろ許せなくなる

無理に許そうとすると、逆に怒りを心に抱えることになるので、ストレスが増します。よって、余計に毒親を許せなくなるという悪循環になることは間違いありません。本当は許せないと思っている人間を許そうとすると、それは自分の感情を侮辱することになり、余計に怒りが増すのです。つまり、毒親を許そうとすると、ますます許せなくなるのです。

 

また、その怒りを無意識のうちに、周りにまき散らすことになります。これが、人間関係の破たんの原因の一つでもあるので、毒親を許すことはおススメしません

 

それでも許したいのなら:許す方法

どうしても許すところまで感情を持っていきたい、と思うのであれば、「自分が毒親を許せないことを許す」ように心がけて欲しいと思います。この言葉を毎日しっかり意識してください。そうすれば、心が落ち着き、うまくいけば、毒親を本心から許せる基盤が整います。なぜならば、自分の怒りを徹底的に肯定することで、心に平穏が戻るからです。

 

毒親は本当に子供にとって悪魔だと思う・・悪魔親と呼びたい

毒親とは5

これは、私の意見ですが、子供に対して害になることを、やりたい放題することが可能だなんて、毒親は子供にとって悪魔です。スーザン・フォワード博士は、毒親のことを、神話に出てくる神々に例えました。一方で子供のことを、いつ神の怒りに触れるか分からず怯える人間に例えています。

 

これは本当に言い当てていると思いますが、神々という名は美しすぎ、もったいないです。悪魔の方が適切だと思います。

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