日本の休暇はおかしい

特定の理由のときにだけ休暇取得可能なのは、価値観の押し付けだ。

日本の休暇は変だし少ない1

日本の会社には、理由が「親の介護」、「育児」の場合にだけ取得可能な休暇がある。他にも色々特別な理由の時にのみ、取得可能な休暇があるが、とりあえず、代表例として、上記2つを挙げた。ところで、これ、おかしくないであろうか。なんで特定の理由があるときだけ、休暇が許されるのであろうか。

 

考えてみてほしい。介護する気がない人であれば、介護を理由とした休暇なんて必要ない。また、子供がいない人は育児休暇を取ることは不可能である。なぜ、このような価値観を持っている人だけ、休暇を減らされなければならないのか。

人によって、価値観は様々であることを肯定すべき

日本の休暇は変だし少ない2

「親の介護をする人」、「育児をする人」になって初めて取得出来る休暇があるなんて、異常である。こうゆう人になることを推奨しているようなものだからだ。もしくは、「当たり前」と言っているようなものだからだ。これは、「親の介護」を行い、「子供を作り育てる」人だけが「正しい」という価値観の押し付けだと思う。

 

会社は、深い意味もなく、親の介護という大変な思いをしている人を支援したい、また子育てを支援したい、という理由を持ち出すかもしれない。だが、世の中には他の理由により支援が欲しい人だっていっぱいいる。そうゆう人については、支援を行わないのは、差別ではないのか。大変なのは、親の介護をして、子供を作った人だけだと言うのか?

人によって価値観は様々である。親の介護を重要視する人もいれば、他の人から見れば「そんなこと?」と思うようなことが死活問題の重要事項だったりする人もいる。また、言えない理由がある人もいるであろう。むしろ、こうゆう人こそ、人から理解されず、苦しんでいる可能性だってある。一方、介護や子育てをしていても、全然困っていない人もいるであろう。

勝手に決めつけられる「弱者」

日本の休暇は変だ

少し脱線するが、同じような差別として、電車の優先座席がある。電車の優先座席に、若い男性が座ったら白い目で見られるのだ。若い男性だと、見かけだけで「健康で体力があるから、長時間立っていられる」という思い込みを押し付けられるのは、大きなお世話である。若い男性だって、当然、体調不良の人がいるのだ。

それなのに、具合が悪いのは「妊婦、老人、けが人だけ」と勝手に決めつけている風潮がある。実際、優先座席の窓に書かれている絵は、老人やけが人なんかである。「立っているのがつらい方は、優先して使ってください」と表記すればいいのにと思う。

 

こういった文化は、結局国民全員の首を絞めることになる。疲れていても優先座席に座るのは「悪いこと」ととらえだすようになり、本来使うべき人が使えなくなってしまうからだ。なんで、メディアで挙げられる、「いかにも」な人だけを支援するのであろうか。これは、社会的に助けるべき人と、助けなくてもいい人を暗に決めつけている。これでは、本当に助けを必要としている人を助けることが出来ないのではないだろうか。

根本原因は、日本の会社の休暇が少ないことにある

日本の休暇は変だし少ない3

休暇を与えるのであれば、全員に平等に休暇を与えればいいではないか。理由なんか不問だ。だいたい、根本的な問題点は、「休暇日数が少ない、連続して取れない」ということにあるのだ。休暇日数を増やせばよい。すべての社員に平等にだ。会社は親切で特別休暇を作っているように見せているが、実態は、「親の介護」をするのは当然という文化の押し付けであり、また「子供を作り育てる」のは当然という文化の押し付けなのだ。

日本の有給休暇が取りずらい理由

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おそらく、多くの会社員の感覚では、「有給休暇を取るのは、少し気が引ける」のではないであろうか。これは、まさしく、休んでいいのは「親の介護がある人」、「育児がある人」などの「典型的」理由がある人だけだという文化があることが一因だと思う。

つまり、上記のような理由以外で休むことは、悪いことだという認識があるため、気軽に有給休暇などと取ることは出来ないのである。有給休暇は、親の介護がある人、育児がある人、また、重病になった人、大けがをした人くらいしか取ってはならないという文化に汚染されているのである。

「いえ、そうではありません。仕事が立て込んでいて、自分が休んだら周りに迷惑がかかるから休めないだけなのです。そりゃあ、親が死んだりしたら、休まなければならないかもしれませんが。」と言う人もいるかもしれない。私に言わせてもらえば、こんな風に考える人は、会社に押し付けられた「休暇」ををそのまま受け入れてしまっている残念な人である。

中には親と仲が悪くて、「死んでも知ったことではない」という人もいるわけで、そうゆう方は、親が死んでも休む理由はなかったりするのである。「親が死んだりしたら、休まなければならない」というのは、万人に当てはまることではないのに、まるで万人がそうであるかのような言いぶりである。そして、たとえ忙しくても、そのような場合にはちゃっかり休むらしい。

実際親との絆は強い人も多く、親が死んだらすぐに駆け付けたい人は多いかもしれないが、それはご自身の文化に過ぎないのである。正直、私から言わせてもらえば、「親が死んだら、どんな状況でも休んでもいい」という考えは、自分の価値観から言っているようには見えない。「世間が、親が死んだ場合には休暇を取ってもいいと言っているから、自分も親が死んだ場合には、休んでも許されるであろう。」と思っているだけに見える。

実は、周りの意見に合わせているのだ。おそらく、こういう人は、会社から、「親が亡くなったのは分かるが、今は君がいないと、多くの人の命が危ない。行かないでくれ」なんて言われたら、休暇は諦めるのではないかと思うのだが、どうであろうか。結局、本人が気が付かないうちに、行動を会社に決められているのである。

日本人は実は休みすぎでもある

日本人は実は休みすぎ

場合によっては、休みすぎの日本人もいるので、紹介しておこう。先ほどは、日本の休暇は少ないと言ったのに、どうゆうことなのかと思うであろうか?答えはこうである。日本人は、会社の文化で許容されている理由でなら、いくらでも休む。たとえば、癌になったとか、大けがをした、子供に一大事があった、などの場合には、周りから「許容」されるので、普段だったら1週間も休めないのに、こうゆうときにはしっかり1週間休んだりする。

このように、「許容されている理由」は、妙に休暇を増やす原因になっているのである。普段休めないことの反動から、ここぞとばかりに休む人もいるかもしれない。これは、本人が「有給は好きな理由で取ってはならない。許容されている理由でしか取れない」という思い込みに支配されている状態である。そして、こうゆう思い込みを払拭できない日本人は多い。

日本の休暇は確かに少ないのかもしれない。だが、こういう「許容される理由」を持っている人たちの休暇取得を考慮すると、案外、日本人全体の有給休暇取得日数は平均すると多い可能性があると思う。こんな風になるのであれば、各人好き好きに休暇を取った方がよっぽど有益でないであろうか。私は、会社はすべての人の価値観を認め、平等に休暇を与えるべきだと思う。

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