「高慢と偏見」の登場人物であるエリザベス(主人公)の異常性

高慢と偏見エリザベスの性格

高慢と偏見という小説をご存知でしょうか?私はイギリスBBCのドラマを見たのですが、このドラマを見て、主人公のエリザベスには、正直、心の問題を感じました。エリザベスは、イギリスの中産階級の上流家庭の娘で、5人姉妹の上から2番目の女性です。最終的に、この女性が、お金持ちの男性と結婚するというお話です。

 

この女性の性格なんですが、とても気になることがあります。正直、かわいそうな人だと思います。「貸し借り」で人とお付き合いしている人だからです。なんでそう思ったのかというと、エリザベスの実の妹リディアが騒動を起こしたとき、親戚のおじさんが大金を出してその騒動を収めてくれたというエピソードがありましたが、エリザベスが事実を知ったとき、母親にこう言ったのです。「どれだけおじさんがお金を出してくれたと思うの?!」。かなり怒り口調でした。

 

この言葉、違和感があると思うのです。なぜなら、エリザベスは人から助けてもらうことを、「」だと思っていませんか?おまけに、その罪を母親にしっかりと認識させようとしている。つまり、人に「要求」している。そして、そのエリザベスの言葉に対する母親の返答:「だって弟なんだから、助けてくれて当たり前でしょ」という言葉に対して、また「ママ!」と怒鳴って怒る。怒鳴ることが常に悪いわけではありませんが、この状況で怒鳴るのは、正直レディーとは言えないと思います。

 

実は、私は、このエリザベスは、ある意味常識人だと昔は思っていました。エリザベス同様に、「人に大金を出して助けてもらう」なんて、申し訳ないことだ、と思っていたのです。でも、それは自分が「人間関係を貸し借りで考えている」からということが分かったのです。

 

こんな風に人から助けてもらって罪を感じるのは、「貸し」がある、とか「お返ししなければならない」というあさましい考えがあることに気づいたのです。普通、人からやさしくしてもらったら、「ありがとう!」ではないでしょうか?それなのに、「悪いことをしてもらった」と思うなんて、なにか変だと気づいたのです。

 

健全な心の持ち主であれば、大金で助けてもらった場合、「ありがとう!ぜひ、お礼がしたい」と思い、おそらく、相手に感謝を表すでしょう。でも、エリザベスや昔の自分は違います。大金で助けてもらったら、自分には「罪」や「貸し」があり、これを「埋め合わせなければ」と思うのです。そして、その罪悪感から、相手に「埋め合わせ」を行う。

 

健全な心の持ち主であれ、エリザベスであれ、相手に「お礼」をするのは同じかもしれません。でも、感情の出所が全然違います。前者は非常にポジティブで、後者は非常にネガティブです。助けた本人からしても、せっかく相手を助けたのに、それを「貸し」だと思われるなんて、最悪ではありませんか??

 

でも、エリザベスは、むしろ自分は相手に「感謝している」常識人だと思っているようにも見えます。そして、「感謝」しない母親を非難する。「ママ!」と。でも、エリザベスが変だと思います。そして、母親の反応は、普通だと思います。なぜって、もし自分が親戚といい関係を築けており、お互い助け合っていて、いつも感謝しあっている素敵な関係を持っているとしましょう。

 

そして、ある日その親戚の方が、また今回も助けてくれたのであれば、助けてくれて感謝、という気持ちでいっぱいなはずであり、エリザベスが怒り散らして「どれだけ大金を使わせたか分かっているの?」なんて言われるのは正直「?」という感じだと思うのです。

 

大金を払ってくれたことに感謝しているのは当たり前のことなのに、そのことを怒鳴って「分かっているの?」だなんて、意味わからないです。そりゃ、母親は「弟なんだから、当たり前でしょ」と言うと思います。この言葉は、母親からしたら、「弟と私たちはいつも助け合っていて、こうゆうことはよくあること。」という気持ちで「当たり前」と言ったのでしょうが、エリザベスは、「弟なんだから助けるのは当然の義務でしょ」と言われたと思ったのではないでしょうか。エリザベスの汚い心が写し出されていると思います。そうゆうネガティブな言葉の取り方が、かわいそうな人だと思うのです。

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