老後なんて存在しない

老後の心配は意味ない

かなり先入観をもって話を進めますが、ご了承ください。

老後なんて存在しない

老後というものは幻想にすぎない。妄想癖のある人が作り上げた、架空の世界なのである。なぜならば、あなたが生きているのは、常に「今」だからである。あなたは常に「今」しか認識できない。「今」が永遠に続くだけだ。

 

将来の不安や、過去の悔やみを考えているのも「今」なのである。だから、過去も未来もすべて「今」存在している。あなたにあるのは「今」だけなのだから、「将来」とか「老後」とか、そんなものは存在しえないのである。

老後の心配は、あなたの妄想である

老後の不安は意味なし1

老後の蓄えが必要であるとか、老後の生活が心配だと言う人がいる。こうゆう人の問題点は、自分が抱えている問題点を「老後のお金、健康がない可能性を秘めていること」だと勘違いしていることである。だが、本当の問題点は、「老後と言う幻想を作り上げ、自分で自分を脅す習慣があること」なのである。

 

今現在、あなたが80歳であると想像してほしい。あなたは、あなたが定義してきた老後にまちがいなくいる。ところで、あなたは「老後」である「今この瞬間」に不安があるであろうか。もし、あなたが「今この瞬間」不安ではないのであれば、あなたは老後である「今」については心配していないことになる。これはとても変である。あなたは、「老後」が心配ではなかったのか。

 

あなたは、たとえ80歳になっても、なぜか未来における老後の心配をしつづけるのだ。なぜか、今の老後の心配はしない。なぜ、あなたは老後の心配だと言っておきながら、この瞬間の老後を心配しないのか?とてもおかしなことだ。今まさにこの瞬間を心配しないということは、本当は老後の心配なんて、嘘であり、ありえないものなのだ。あなたが勝手に作り出した妄想だということに気づくべきである。

あなたの「老後に対する心配」は本当は単なる「将来全部」に対する漠然とした心配である

老後の不安は意味なし2

あなたは、結局のところ、今より先のことは全部不安なのである。別に老後だけを心配しているのではない。そして、その将来のうち、60歳以上になった将来について、「老後」という名前をつけて心配してみた。ただそれだけのことだ。あなたは老後以外の他のことでも心配を抱えている可能性が高い。例えば、

「自分が死んだら子供が困るから、保険に入った方がいいかな」

「若くても癌になる人がいるらしい。怖い」

「家を買っておかないと不安だな」

などなど。将来すべてに漠然と不安を抱えているのである。

なんでそんなに将来の心配ばかりするのか

老後の心配は意味なし3

あなたは、「今」を生きていないのである。「今」生きているが、「今」将来について考えることにばかりに時間を使っているのである。今できることにもっと集中することをお勧めする。例えば、「今」健康的な食事をするとか、「今」この瞬間貯金箱にお金を入れるとか、とにかく今行動すべきである。将来の心配などしても、時間の無駄である。「今」行動して初めて良い将来も作れる。

 

また、先ほども述べたが、老後が心配なのであれば、あなたは自分で自分を脅す習慣がある。これを、やめるのが先決だ。なぜならば、これをやめられない限り、「今」に注力できないからである。「将来」に注力しても意味がない。自分を脅しても、不安感が募るだけだ。

 

そして、心が不安定になって、正常な判断ができなくなることで将来を悪くする決断さえしてしまう可能性がある。人間は、ストレスがかかると、判断能力が低下するのである。(たとえば、海で漂流した人は、普通では考えられない行動をすることがある。これは、ストレスにより判断力が低下した例のひとつである)

社会が、老後の心配を後押ししている

老後の不安は意味なし4

日本社会全体が、年金の強制加入という手段を使い、老後の心配を後押ししている。日本では、ほぼ間違いなく全員が年金を積み立てている。会社員なんかは、天引きされてしまうので、強制的に年金を積みなてなければならない。というわけで、老後という言葉が当たり前に使われており、そして、その老後に対してお金を積み立てるのも当たり前の世の中なのである。

 

そう、これにより、老後にはお金が稼げなくなるのが当然であるという概念が植え付けられ、老後にはお金に困窮する可能性が高いという概念を植え付けられ、結果として老後の恐怖を煽られている可能性がある。怖いのは、年金の積み立てが当たり前の事実とされていることだ。仕方ないのは分かる。勝手に天引きされるのだから。だが、根本的に疑問を持っていない人が多いよう見える。まるで、当然のことであるかのように、受け入れているのは、怖いことだ。

 

実際、老後の積み立てをしない人は、だらしない人で、賢くない人とされる風潮がある。ちゃんとしたことをしていない人という烙印も押されたりする。いい会社に勤めて、福利厚生がしっかりしている人が結婚相手に人気であったりもする。老後のことを考えるのが、「清く、正しい人」だと言われるのが、現代の文化だ。この文化に、ほとんどの人が、疑問を抱かない。

老後に蓄えるのは、不安をあおってお金を出させる宗教に加入している状態

おそらく、老後の心配から老後の蓄えをしている人は、大金を残して死ぬ。そして、そのお金は、他の誰かの物になる。つまり、老後のためにお金を蓄えるのは、一見、自分自身のためのように見えるが、実際のところは、他人のために蓄えている結果になることも多いのである。

 

これが、みそだ。実は他人のためになることを、本人は気づかず、自分のためだと思ってやっているのだから、その貯蓄ぶりも目を見張るものがあるからだ。誰も、他人のためだと思ったら、お金を貯めたりしないものだ。例えば、銀行は沢山預金をしてもらえば、より効率的にお金を運用出来るので、たくさん利益を上げられる。だが銀行がこのように利益を上げるために犠牲になっている人たちがいるのだ。もちろん、貯蓄をしている人たちのことだ。この人たちは、貯蓄したお金を使うことが出来ない分、貧しい生活をするはめになる

 

本当に賢いのは、老後の心配をしない人である。なぜならば、未来のことは分からないからである。つまり、制御しようがないのである。制御しようがない部分を制御しようとすることほど、間抜けなことはない。「今」すべきこと、やりたいことに注力する方が、生産性が高く、結果として将来の繁栄につながることを忘れてはならない。今何ができるか、常に考えよう。老後の心配に足を引っ張られて、今も将来も台無しにする人生が「正しい」と思う人は、洗脳されているのではないかと思う。

老後に不安を抱えていると、貧乏になる理由

老後の心配は不要な理由

老後の心配をして現在すべきことに注力しない場合、結局繁栄を遠ざける。老後の心配をしている人は回りに流されることしかしないからだ。たとえば、「老人には家を貸す人がいないから、家を買っておかないと不安だ」などと、勝手に不安を作り出し、みんなが組んでいるからと平気で35年ローンを組んだりするのである。もっと肯定的な理由からお金を借り、お金を増やすことも出来るのに。

 

不安な人は、お金を思わぬところで浪費しているのだ。ただ、本人は気づかない。この人の場合は、「家にお金を払ったのだ」と永遠に思うであろう。だが、違う。この人は「不安にお金を払った」のである。

最後に

老後のことを考えて、今の行動に制約をつくるのはやめましょう。それが結果として、あなた自身を逆に不利な状況にしてしまいます。人生も全然楽しくなりません。今出来ることを、ぜひ精いっぱい、楽しいことを行ってください!

 

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