洗脳されるなんて他人事だと思っている人が一番洗脳されている

洗脳されるのは何故なのかと思っている人が洗脳されやすい

洗脳とは、洗脳されていることに気が付かないということ

洗脳される人1

何で洗脳されている人が全然そこから抜けられないのかと言うと、当の本人が「自分が洗脳されているなんてありえない」と思っているからだと思います。よく、頭の悪い人が、自分の頭の悪さに全く気が付いていないということがありますが、それと似ているような気がします。

 

頭の悪い人が自分の頭の悪さに気が付くことが出来ないように、洗脳されている人も、自分が洗脳されていることに気が付くことが出来ないのです。だから、洗脳から抜け出ることが出来ない。洗脳されていることを疑いもしないのですから、気が付きようもないのです。

 

もし、「あなたは洗脳されてるかもよ」と言われたときに「そうなのかな・・」と本気で疑う人は、洗脳されていないのです。「洗脳なんてされるわけないでしょ。されてみたいものだよ」と言う人こそが、洗脳されているわけです。

「普通」の人は洗脳されきっている

洗脳される人2

おそらく、私の見たところでは、洗脳されていない人なんて一人もいないのではないかと思います。よく日本では宗教に熱心な人を洗脳されている人と言いますが、宗教に熱心でないからと言って、洗脳されていないとはいえないと思います。むしろ宗教を熱心にやっていない人の方が洗脳されています。

ルールに従って熱中症になる人

例えば、ごく普通に、学校に通っている方は、「学校の授業は受けなければならない」、と洗脳されている可能性が高いです。もし、ずる休みをすることに抵抗があるのであれば、間違いなく「学校に行って授業を受けなければならない」と洗脳されているでしょう。

 

こんな風に洗脳されていると、真夏の暑い日に、体育の授業を義務として受講し、熱中症になってしまう場合があるわけです。ひどいと死んでしまう。本人は、外に出た瞬間「熱い」と思ったはずです。ニュースでも「熱中症に注意」と言う言葉を聞いていたかもしれません。

 

それなのに、「こんな熱い日に、外で授業をやるなんて、とても出来ない。私はこんな授業は身を守るために出ない」という健全な選択が出来ないわけです。健全な選択が出来ないのは、もちろん、「授業を受けないのは悪いこと」という洗脳があるからなのですが、本人は、まさかそれが健全な選択が出来ない理由だとは絶対に気が付かない。

 

単に「授業に出ないのは気が引ける」と言う感情があることにしか気が付きません。その感情の出所には気が付かないのです。最悪なことに、学校の先生も、いい人であっても「我慢しろ」とか、「あと10分で終わりなんだから」などと、とんでもないことを言って、たとえ「熱くて我慢できない」と生徒が言っても無視したりするわけです。

 

この学校の先生も「授業を受けるのは当然のルール」なんて信じ切っている「洗脳されきった人」なので、何をいっても無駄なことも多いのです。もちろん、学校の先生の言うことを振り切って「帰ります」と言えればそれでいいのですが、ここでもまた「学校の先生の言うことを聞かなければならない」という洗脳があるので、振り切ることが出来ない。

 

それで、倒れたり死んだりする。考え方によっては、「自らの意思」により、自分で倒れたり死んだりすることを選んだわけですが、本当にお気の毒です。そんな洗脳に支配されなくていいのに。

日本全体がカルトみたいなもの

洗脳される人3

堀江貴文さんが言っていましたが、日本全体がカルトみたいなものなのだそうです。私も同意します。なぜなら、学校って、熱中症になるような危険なことを平気でやっていますよね?それも子供のためだと言う理由をつけて、つまりは教育のために、「授業」としてやっているのです。

 

これ、カルト宗教と同じです。「ハルマゲドンを避ける」という目的のために「水中でしばらく息を止める」という危険な修行をさせるカルト教団がいるようですが、これと同じです。

 

カルト宗教が危険なことをやると「非難」されるのに、国や学校がやっていると、「非難」されない。これ、おかしくないでしょうか・・もちろん、暑い中外に放り出すようなこと以外にも、「宿題」をさせたり、体育祭に無理やり参加させたり、校長の話を聞かせたり、変なことをいっぱいさせているんですよね。

 

そして、それが出来ない人は非難される。問題児扱いという侮辱を受ける。でも、目的もなく「やらせられる」のであれば、普通はやる気も起きないし、出来ないものですから、出来ない方が普通ではないでしょうか。非難される筋合いないです。

 

カルト教団でも同じく、修行をうまくやらない人は当然教団内で非難されますので、これと同じことが起きているわけです。日本全体がカルトそのものだと思います。日本で一番大きな宗教は、「日本」だと思います。

 

宿題する人は馬鹿

洗脳される人4

面白くてしょうがなくて宿題をするなら馬鹿ではありません。でも、やりたくもない宿題をなんとかやるなんて、それは、人生の時間をつまらないことに費やしているわけで、こうゆう場合は馬鹿だと思います。

 

そして、大概の場合、宿題なんてしたくないのではないでしょうか?だから、宿題をする人は馬鹿だと思います。

宿題を義務だと思い込むことによる不幸

宿題をしないのは「悪いこと」、「非難されること」だから宿題をしなければならない。宿題を提出しないと罪悪感を感じる。宿題の出来が悪くても罪悪感を感じる。人より成績が悪いと嫉妬する。

 

こういった負の感情が出てくるのであれば、間違いなく、洗脳によって不幸になっています。不幸になるような思い込みなんて、捨てた方がいいのではないでしょうか?

 

でも、一度洗脳されると、宿題をしないで平気な顔をするなんて、もう難しい。簡単には平気な顔なんて出来ないわけです。

 

宿題に意義を見出す洗脳され切った人

「宿題をすれば、成績が上がる。しないと成績を下げられてしまう」、「宿題をしないと、なんだか気分わるい。罪悪感を感じる。やってもあまり価値のない内容の宿題だとは思うけれど、とりあえず宿題代行を使ってでも提出必要はあると感じる。その方が得だ」

 

こうゆうのが、「宿題をしなければならない」と洗脳され切っている人が、宿題をする理由としてよく挙げるものかと思います。でも、成績が下がったら、なんで悪いのでしょうか?「大学の推薦に響くから、成績は大事」なんていうのでしょうか?

 

でも、なんで大学に行かなければならないのでしょうか。面白いことをやっていて、その後、なんか知らないけれど「大学に行っていた」というならいいのですが、「大学に行った方が得。いい大学に行くのはエリート」なんていう欲から大学に行くのであれば、それは完全に、自分を不幸にするようなことをやっているカルト宗教家と変わらないと思います。

 

こうゆうカルトをやっている人も、同じく「自分だけはハルマゲドンを避けたい」という自己の欲から修行しているんです。別に、教団のトップのためにやっているわけではありません。どちらにせよ「欲」のためにやっているわけですね。それも、結局自分を幸せにするとは断言できない「勘違いな目標を達成する」という「欲」のためにです。

 

ところで、大学に行くと、何で得なんでしょうか?かなりお金がかかるし、いい大学を出ても、過労死する人もいれば、貧乏な人もいます。ずっと嫌な仕事をする人もいます。いいことあるのでしょうか?

 

不思議なのですが、何で大学に行く以外の選択肢が全然ないのですか?それ、変ではありませんか?異常に視野が狭くないでしょうか?「就職に有利」、「社会でトップに立てる」とか反論されるのかもしれません。

 

でも、それは、本当に大学に行くための根拠ですか?本当に大学に行けば、それは達成できるのですか?大学に固執しなくてもいい理由はいくらでもあります。でも、洗脳されている人には、そんな理由は目に入らないのです。

 

変なカルト宗教家に「なんでハルマゲドンを避けるの?そんなもの来ないよ」と言っても、絶対聞き入れてくれないように、「なんで大学に行くの?行きたくないなら、行かなくていいのでは?」と言っても絶対聞いてもらえません。

 

(注意:カルト宗教を非難しているわけではありません。幸せになるなら、ぜひぜひ、やってください。人を不幸にするようなものが支持できないというだけです。)

洗脳されている人は、理由をつけて自分の意見を弁護する

洗脳されている人と言うのは、大概の場合、自分が洗脳されていることに、一生気が付きません。何か反論意見を言われても、もっともらしい理由を持ってきて、自分の信じていることに「正当性」があると論理的に説明してしまうからです。

 

「授業に出るのは当然のこと」という洗脳についても、沢山もっともらしい根拠を上げてくれるでしょう。「日本には、子供に教育を受けさせる義務がある」とか、「勉強しなければ、将来困る」など。

 

でも、教育のために、熱中症になるような危険で苦しい状況に人を置くなんて、変ですよね?勉強しなければ困るのであれば、じゃあ、勉強しても習得できない頭の悪い人は将来困っているってことですか?

 

私はやっても出来ないんですよ(笑)こうゆう人を馬鹿にしているんですか?でも別に、私は何も困っていません。つまり、将来困ると言うのは、嘘なのです。困る人もいるのか知りませんが、困らない人も沢山いるのです。

 

洗脳されている人は論理的なようで、実は非常に感情的です。要は、信じているだけなのです。「授業に行くのはいいこと」、「宿題をするのはいいこと」と。こうゆう「学校に行くのは当たり前」と洗脳されているような人に「あなた、洗脳されているよ。授業は出なくてもいいこともあるよ」なんて言ったら、「は?そんなことしたら、成績下がって損でしょう」という顔をされるだけでしょう。

 

洗脳されている人には、どんなに親切に丁寧に言っても通じません。永遠に自分が洗脳されていることには気が付かない。それが洗脳だからです。むしろ、自分が洗脳されていると気が付いているのであれば、それはもう半分洗脳されている状況ではないのです。

洗脳からの解放

まず、自分の感情の出所を疑ってみてください。なぜ、罪悪感を感じるのですか?それは、本当に感じるべき罪悪感ですか?「自分の無知を疑う」ように、「自分の洗脳を疑う」を実行してみてください。

 

洗脳に気が付けたら、その「罪悪感」を無視して行動するようにしてみましょう。いずれ、罪悪感が払拭できます。もちろん、長い時間が(年単位かもしれません)かかるかもしれませんが。でも、死ぬまでに変な罪悪感に気が付けたのであれば、幸運です。普通は、一生気が付きませんから。

 

がんばりましょう。応援しています。

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