学業成績がいいのは、生まれもった才能の一つ。才能がないのであれば、あきらめよう!

勉強出来るのは才能

ここに書くのは、完全に私の独断と偏見です。私は、学業成績がいいのは、生まれつきだと思っています。これは、やらなくても出来る、と言っているのではないです。「やれば出来る」ということです。一方、生まれつきこの才能に恵まれなかった人は、「やっても出来ない」のです。

 

この記事では、学業成績が振るわない人とはどんな人なのか、私の意見を述べています。もし、学業に向いていないと、気が付いたのであれば、ぜひ、他のことで成功してほしいというのが、私の願いです。私も無駄な勉強は、もうやめました。

やっても理解出来ない人は出来ない

勉強が出来ない人の特徴1

たとえ、学んでも、理解できない人は理解できない。勉強しても無駄な努力になるであろう。よく、「やればできる」という言葉があるが、これは間違っている。どんなに懇切丁寧に教えても、何をやっても、出来ない人は出来ない。理解出来ないのだ。

 

懇切丁寧にマクスウェルから指導を受ければ、誰もがマクスウェルと同じようなレベルで電磁気学を理解できるようになるなんてことがあると思うであろうか。懇切丁寧にホーキングから指導を受ければ、誰もがホーキングと同じレベルで物理を理解できると思うであろうか。

 

多くの人は、「無理」と口をそろえて断言するのではないであろうか。実際、こうゆう「非常に難しい」とされるレベルの学問の話になると、皆「やっても出来ない」とはっきり認める。だが、もっと簡単そうなレベルの学問の話では、なぜか認めようとしない人が多いのである。

 

例えば、公立中学校で習うレベルの数学の話になると、「やれば出来る」という人が増える。だが、理解できない人が世の中に多数存在するのである。なぜ、こんな勘違いが起こるのであろうか。それは、本質的な点を突いた問題が公立中学の試験には、ほとんど出てこないためではないか。

 

どうゆうことかと言うと、公立中学校の数学というのは、覚えた通りの解法で解けば合格点がもらえるような試験なのだ。そう、理解できていなくても点が取れるレベルの試験を出来てしまったが故に、「やれば出来る」と勘違いしてしまうのであろう。いや、結局そのレベルしか要求されていないということは、ある意味要求されていることは「理解出来ている」と言えるのかもしれない。

 

だが、このような表面的に出来るだけの人材は、後々勉強が苦手になっていくのである。本当は何も分かっていないからだ。

勉強が出来ない人とは

勉強が出来ない人の特徴2

勉強が出来ない人は、理解しなければ出来ない問題が増えてくると、完全にお手上げになってくる。だが、なぜこんなに理解力に差が出るのであろうか。どこに出来る人との差があるのであろうか。学業成績が振るわない人の特徴は、疑問を持たないというところにある。疑問を持つということが出来ないから、勉強が出来ない可能性がある。

 

これはどうゆうことかと言うと、勉強が出来る人が気がつく解説の「穴」に気が付けないので、その穴を埋めるような解法を聞いても、何をやっているのか分からないということである。例えば、y=axという式一つみても、なぜaは変数と呼ばないのか?など様々な疑問を、学業成績の振るう人は思いつく。

 

だが、学業成績が振るわない人は、言われた通り、aは定数ととらえるだけだ。その意味に疑問を持たない。その疑問について話しても、そもそもその「疑問の内容」が理解できないことすらある。こうして、ありとあらゆる「本質的理解」を避けた勉強を続ける。

 

だから、理解を要求するような試験が出されると、まったく出来ず、成績も下がる。出来るのは、暗記で解ける問題くらいだ。だから、理解を要求される試験が出されるようになると、まったく成績が上がらない。学年が上がるごとに成績が下がる。

 

頭のいい人はどんどん勉強が出来るようになる

勉強が出来ない人の特徴3

本当は理解出来ていない人は、だんだん勉強ができなくなる一方、理解できる能力のある人材は、どんどん勉強が出来るようになっていく。学業成績がいい人というのは、公立中学のレベルの話だけでは、多くの疑問を持っているはずだ。

 

なぜならば、されるべき説明がされていないからだ。学業成績がよい人は、たとえその問題が解けたとしても、自分が本質的には分かっていないことに気が付いている。教えられていることが「穴」だらけだと気が付けるのである。

 

こうゆう人たちは、疑問を解消するために、もっと高度なレベルの書籍を探しだして、疑問点を解決し、結果として先取りして勉強するような行為を自然にしている場合もある。

 

これにより、もっと理解が深まる。そして、高校、大学に進むにつれて、これまでの疑問を解消することが出来て、ますます理解を深めて満足する。成績も上がる。勉強も楽しくなる。だからますます勉強する。そして、成績もどんどん上がる。

最後に

私は、学業に向いている人は、ごく僅かだと思う。このような、特殊な人たちは、学業に専念して、勉強すればよいと思う。だが、普通は学業になんて向いていない。それなのに、驚くべき人数の人が大学に毎年進学しているのが日本の実情である。なんでこんなに学業にばっかり皆専念するのであろうか?人生の時間の浪費だとは思わないのであろうか?ちなみに、私は無駄な勉強なんて、とっくにやめました

 

もっと楽しいことがいっぱいあるのに、なぜこれほどまでに大学に日本人はこだわるのであろうか。きっと、いわゆる学歴信仰というものなのであろう。ただ、これでは人生がもったいないと思う。自分の好きなことや向いていることをやれば、学歴の高い人に劣らず成功できると思うし、何より、苦手なことをやり続けるのは、苦行である。

 

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