今の人生が苦しいのであれば、人生を変えよう

人生を変えるには1

今の状況が「気に入ってはいない」状態であり、抜け出したいという気持ちがあるのであれば、簡単なことです。とりあえず逃げればいいのです。もしくは、あきらめればよいのです。そうすれば、状況は望み通り、変わるのです。

 

ところが、多くの人は、あれこれ理由があって逃げるわけにはいかない、あきらめたくはない、などと言うんです。(実は私もこの一人であった。今もかも・・)この時点で、変えることを拒否しており、わざわざ今の状況から変わらないという選択をしていることに、気づかなければならないでしょう。

 

気づけたのであれば、第一歩を踏み出しています。あとは、逃げたり、あきらめたりすることを学ぶだけです。なぜあなたは逃げられないのか、あきらめられないのか、その原因を見ながら、術を学んでいきましょう。

 

なぜ、あなたは逃げないのか。

人生に疲れたら逃げる1

逃げない理由1:逃げたら、もっと状況が悪くなると思うから

逃げたら、もっと状況が悪くなることを恐れているのであれば、あなたの想像力は強すぎるのではないでしょうか。なぜならば、今の状況から逃げられたら普通は喜ぶだけだからです。

 

だって、「戦禍から逃れたら、もっとひどい事が起きるかも」なんて心配している人がいたら、おかしいですよね。ところが、これと同じことをしているんです。つらい痛みから解放されたら、普通は喜ぶだけです。

 

それなのに、その痛みから解放されたら、さらなる痛みが襲ってくるかもしれないと、あなたは何故思うのでしょうか。逃げたあとの失敗ばかりが目に付くのであれば、それは特殊な思考回路が頭に出来あがっています。この思考回路を変えなくてはならないでしょう。

 

自分で自分を脅すのはやめましょう。ですが、この思考回路を変えるのは少々訓練がいると思います。毎日、自分の人生はうまくいっている。と肯定的なアファーメーションを行うのがおススメです。個人的には、これについてはルイーズ・ヘイさんの本がおススメです。

 

逃げない理由2:逃げるのは恥だから

「あの人、選手候補から外れたんだって。だから部活やめたらしいよ。」
「あの人、左遷されたらしいよ」
「あの人、教授になるの諦めて、開業したらしいよ」

逃げると、上記のようなことを言ってくる変な人たちが一定数いるんですよね。
そして、逃げた場合にこうゆう扱いを受けることを恥じだと思ってしまう場合があります。

 

一般的に、逃げるのは恥だとされています。そうゆうわけで、逃げられる状況であっても、

「だけれど、今の状況で逃げたら、明らかに、負けて逃げたと思われるんですよ。」と言って逃げられない人もいるということです。

 

例えばスポーツ選手を生業にしている場合、全く活躍せずにやめたら、「スポーツ人生に失敗した人」のレッテルを張られたり、「落ち目の人」の烙印を押されたりすることもあります。

 

私から言わせてもらえば、このようなレッテルを張ることが好きな人たちは、かなり「残念な人たち」だと思います。このような「残念な人たち」の言い分を聞くことは、全く価値がないと思うし、意識して無視すべきです。

 

このような人たちがいる一方で、「河岸を変えたんだな。賢い人だ。」と思ってくれている人も同時に存在しているわけで、わざわざ、「残念な人たち」の意見を優先的に聞くのは「残念な人」への仲間入りをしているも同然だと思います。

 

ニュースなどは、「人の失敗、不幸」などを題材にすることで、「残念な人たち」からの視聴率(視読率)を高めていることもあり、人を「負け犬」扱いするニュースを流すことがよくあります。

 

このような記事を真に受ける必要はないのです。これは、わざとらしく作られた、「偽失敗者」なのですから。

 

世の中には、「人を否定的に見る、悪く言う」ことを生業にしているとしか思えない人が一定数いることを、肝に銘じておきましょう。このような人たちの言い分には、耳を貸さないことが大切です。

なぜあなたは諦めないのか

人生に疲れたなら変える2

あきらめられないほど、欲しいから

・どうしても競技で金メダルが欲しい。

・どうしても出世したい

・どうしても家がほしい

・どうしても子供が欲しい

・どうしても英語ができるようになりたい

・どうしても、病気を治して健康になりたい

 

こうゆう風に、自分の欲があると、あきらめられない場合があるわけです。

 

ただ、それはあなたの本当の目的でしょうか?実はなくてもいいものではありませんか?もっとグレードを下げてもいいのではありませんか?大概の人は、自分の欲しいものを正確に理解出来ていません

 

どうしても競技で金メダルが欲しい。

今やっている競技での金メダルに固執するのではなく、競技種目を変えた方がいい可能性もあります。

 

今テニスをやっていてダメならば、レスリングでメダルを取る方が簡単かもしれません。場所を変えれば、勝てるかもしれないのです

 

どうしても出世したい

同じように、どうしても出世したいのに、出来そうもないのであれば、職場を変えたらいいのではありませんか?出世したい人は、単にトップに立ちたいだけかもしれません。だったら、自分で起業してもいいし、他にやり方は沢山あるのです。

 

どうしても家がほしい

どうしても家が欲しい気持ちは本物でしょうか?ひょっとしたら、将来の不安や、周りのプレッシャーから家が欲しいだけではありませんか?もし、そうである場合、家を手に入れても満足できないでしょう。

 

また、首都圏で家を買うのは高いです。家が本当に欲しいのであれば、超ド田舎に住めばいいのではありませんか?それでも都会の一軒家にこだわるのであれば、結局、家を持たない選択を選んでいるわけです。

 

どうしても子供が欲しい

なぜ子供が欲しいのでしょうか?子供がいたら幸せになると勘違いしていませんか?障害のある子が生まれれば、一生子供につきっきりです。生まれても、若くして死んだらつらいですよね。少なくとも、子供がいなければ不幸だと思うのであれば、それはちょっと異常です。

 

どうしても英語が出来るようになりたい

どうしても英語が出来るようになりたいのは何故でしょうか?外国に行っても、片言でもなんとかなります。通訳も雇えます。

 

英語が出来なくても目標が達成できる方法が他にあるのではないでしょうか?

 

どうしても病気を治して健康になりたい

残念ながら、現在の医学では治らない病気もいっぱいあります。治らないケガも沢山あります。また、現在の科学レベルでは、必ず人間は死にます

 

もちろん、「病気を治したいと思っている!でも治らなくて耐えられない!こう思って当然だ!」と自分の感情を認めることは大切です。自分の感情を肯定することで、人間は幸せになれるからです

 

一方で、「どーせ治りっこない」とあきらめることで、楽になる場合もあります。苦しい治療をしているのであれば、もうやめたらいいのではないでしょうか?その方が幸せではありませんか?

 

だいたい、何をどうやっても、人間必ずいつか死にます。また、具合が悪くても出来ることを見つけましょう。元気でしょうがない人と同じことをしても、成功出来るわけではありません。

 

諦めたら、幸せになれないと思っているから諦められない

たとえば、今病気を患っているとしましょう。この場合、多くの人が、「健康になりたい」と願うようです。
これは、
「病気を治さなければ、幸せになんてなれっこない」と言っているのと同じなんです。
つまり、健康になることを諦めたら、幸せは手に入らないと思っているのです。

 

気持ちは分かります。実際病気をしていればつらいし、苦しいし、生活の質が落ちてしまうからです。好きなことも好きに出来ないです。

 

健康を望む気持ちはよくわかります。
ですが、このように
「望みが手に入らない」
と感じると、人は不幸なのです

これは、決して病気であるがゆえに生じている不幸ではありません
病気であることを諦めてしまえば、存在しない不幸だからです

 

病気の中には、一生付き合っていくしかないものもあります。あがいても無駄なものに対し、抗い、受け入れないと、幸せは遠ざかってしまうのです。

 

補足しておくと、これは決して、「病気であることを喜べ」と言っているのではありません。むしろ、病気がつらければ、「つらくて耐えられない!そう思って当然だ!」としっかり自分の気持ちを認める必要があります。そう思わなければ、自分自身を否定することになってしまうからです。

 

とはいえ、このような「辛くて耐えられない」状況を変えようとすることでストレスが倍増していることにも気が付いてほしいのです。

 

どんなにあがいても、治らないときは治らないし、無理なものは、無理なのです。こうゆう状況のときは、「もう、具合が悪いのは仕方ない。これからは体調に合わせた生活をしていこう。治そうとあがくのはやめる。馬鹿らしい。」と考えて諦めれば、実は楽になったりすることもあるのです。

 

このように思うことを強要するつもりはないんですが、どんなことでも「あがき、諦めない」ことでいつの間にか泥沼にはまってしまう可能性があることは、肝に銘じておく必要があると思います

 

プライドの問題

ひょっとしたら、あきらめられないのは、プライドが関係しているのかもしれないです。一度、これをやると宣言したら、それで成功しなければ恥だと思うのです。そう、全部あなたの思い込みという奇怪なプライドが邪魔している可能性があるのです。

 

ですが、それは勘違いです。「やっぱりやめた」とあなたが平然と言っても、相手も平然と「ああ、そうなんだ」と、それだけです。

 

ひょっとしたら、あなたに冷静でない感情を持っている特殊な人、すなわち親や配偶者は違う反応を見せるかもしれないですが、普通の反応は「あっそう」という、何の感情もない反応であることを覚えておきましょう。

 

人は、他人のことなどどうでもいいのです。(もちろん、人の悪口を言うことを生業にしているような人は違いますよ。でも、こんな人たちの意見を聞く必要はないですから)

 

ところが、本人に意見を言う人は、「冷静でない感情を持った近しい人」であることも多く、ついその人たちの言い分を聞いてしまうものです。なるべく家族の意見には耳を貸さない方が賢明な場合もあると思います。

 

最後に

変な文化、プライドに支配されないでください!ここで言いたかったのは、そのことです。また、自分で自分を脅すようなことはやめてください!

 

痛みから逃れた後に更なる痛みは来ません
それは、思い込みです。
自由になりましょう。

 

あなたは本当は逃げることも出来るし、あきらめることも出来るのです。
だから、自信をもって、逃げて、あきらめましょう!
幸せになっていいのです。

 

いつも応援してくださってありがとうございます。皆様の豊な暮らしを私も心から応援しております。(以下ボタンを押すと、にほんブログ村のサイトへ行きます。)

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村n

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です