余計なものは買わない秘訣。でも余計な物とは、つまり何なのだろうか

余計なものを買わない秘訣

余計なものとは、ストレスや逃避行動のために購入してしまうもののこと

余計なものは買わないと決心しても、そもそも余計なものとは、つまりなんなのか、判断が難しいものです。以下は、完全に余計なものの例です。例えば、コーヒーやお茶を飲みたいわけでもないのに、飲むという行為。なんとなく、仕事に疲れたから飲んでるのであれば、それは立派な「余計なもの」に分類されると思います。今やっていることから逃げるために飲んでいるのです。本当に必要なものではありません。

 

毎日吸っているたばこも同じです。今やっていることが嫌だから、その逃避行動として吸っている可能性があります。これも立派な余計なものです。気分を良くするために飲むお酒。これも余計なストレスを抱えているから必要になるものでしょう。立派な余計な出費です。

ストレスをなくせば、余計なものを買わずに済む

無駄遣いをやめるには1

非常におもしろいことに夢中になっていれば、上記のような行為は一切ないはずです。(「おいしい、喉が渇いている」から飲むなどは別です)テレビゲームに夢中になっているときに、お茶を飲もう、なんて思わわないものです。結局のところ、余計なものとは、嫌なことをしなければならないと思う気持ちから生じるストレスや逃避行動により、買ってしまう物なのです。

 

ストレスをなくさない限り、このような浪費行動はなくならないでしょう。余計なものを買わないためには、ストレスをなくすことが第一の優先課題なのです。「アル中を治したい」という人がいますが、こうゆう行為をやめるには、ストレスという元凶を排除しなければ、目的を達成することは難しいでしょう。

ストレスから解放されるには、自由があることに気づく必要がある

無駄遣いをやめる2

ストレスがあるのは、自由ではないことが大きな原因のひとつです。以下のように思うことはないでしょうか。こういった感情自体が、ストレスのもとであり、自分の自由を奪っている行為です。例えば、次のように思っていたら、要注意です。

 

この仕事を、責任をもってしなければならない。家事をしなければならない。ずっと働かなければならない。もっとお金を稼がなければならない。資格を取らなければならない。家を買わなければならない。子供の面倒を見なければならない。会社をやめてはならない。

 

さて、これらに共通するのは、「しなければならない」という文言が付いていると言うことです。これが、自由を奪う言葉なのです。すべて、「できる」に置き換えましょう。例えば、「もっとお金を稼ぐことが出来る」です。「しなければならない」という言葉は人を疲弊させます。一方、「できる」と言う言葉は、人を自由にし、充足感をもたらします。

 

「しなければならない」と言おうと、「できる」と言おうと、目的は同じでやることは同じです。これからは、「できる」に言いなおしましょう。「しなければならない」と言っているより、ずっと楽に、そしてもっとうまく目的を達成できるようになるでしょう。このように言い換えれば、自然に自分が自由であることに気が付くはずです。「しなければならない」と言い続けると、自由が奪われ、ストレスになるのです。ぜひ、気を付けてみてください。

勘違いな「余計なもの」

余計なものを買わない4

「あそび」に分類されるものを、「余計なもの」という人がいます。でも、これは余計なものではありません。むしろ、自分が好きでもないものが、「余計なもの」なのです。なぜならば、好きでもないものは、どうせ活用することがないからです。永久に本棚に置いてあるだけの英語の参考書などがその典型です。

 

また、健康にいいという理由だけで購入する食材も冷蔵庫に残りやすいでしょう。おそらく、「あそび」に関するものを余計なものと言う人は、親や社会から洗脳されたのでしょう。よく考えてみれば、人生に目的はありません
だから、人生にとって「有益なもの」と「無益なもの(あそび)」があると分類しているのは、変な話なのです。
本当はすべて同列です。

 

でも、本人にとっては、「有益なもの」が存在するので、この「有益なもの」に関係するものを購入するのは、いいことなのです。つまり、本人は「有益なもの」を買ったときは「余計ではないもの」を買ったと思い込んでいるのです。でも、いいことだと思ってはいても、本当は好きでもなんでもないものなので、大事にしなかったり、まったく活用しないものになります。

 

結局のところ、その実態は役に立たないものなのです。余計なものをまさに、買っているのです。でも、本人は「気が付かない。」まさか、余計なものであるなんて、思いもしない。だって「有益なもの」なのだから。これが余計なものを買ってしまうからくりです。

 

洗脳されていると思います。自分の好きなことを諦めて、「有益なこと」にお金を使っているのですから。普通、自分の幸せのために生きているのではないでしょうか。それなのに、自らの意思で自分の幸せ(あそび)を諦め、「有益なこと」に奉仕するなんて、信じられません。

 

でも、洗脳されている人は、気づかないのです。もっともらしい理由をつけて、当然のことと思うようです。そして、「有益なこと」のために、「余計なもの」を永遠に買い続けるのです。

貧乏な人は好きなことをやっていない

おそらく、貧乏な人は、好きなことにお金を費やさないので、貧乏になるのです。つまり、「好きではないもの=余計なもの=有益だと思い込んでいるもの」を買っているのでしょう。余計な支出をしているのです。

最後に

余計なものは買わないと誓っても、何が余計なものなのか、はっきり認識することは非常に難しいことです。人は多かれ少なかれ、色々な思い込みがあるため、正常な判断をするのは至難のワザなのです。お金がある人というものは、このような思い込みなどの邪念から解放された人なのかもしれません。

 

なるべく、「好きか、嫌いか」を考えて、買うようにすれば、少しは間違いが減るように思います。ぜひ、余計なものではなく、ご自身が幸せになるものを手に入れてください。皆さんがお金持ちになるよう、応戦しております!いつも応援してくださって、ありがとうございます。(クリックすると、ブログ村に飛びます)


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